産業保健調査研究

主任研究者 香川産業保健推進センター 相談員
川崎医療福祉大学医療福祉学部 教授
武田 則昭
共同研究者 川崎医療福祉大学医療福祉学部 講師 松本 正富
川崎医療福祉大学医療福祉学部 助教授 齋藤 芳徳
国分寺町立こくぶんじ荘 所長(前) 星川 洋一
香川産業保健推進センター 所長(前) 影山 浩

1.はじめに

 本研究は、PCP文1)(Person-Centered Planning:人を中心に据えた計画づくり)の概念をもとに、個別ケアによる高齢者の要介護度の改善が介護労働者の負担の軽減に役立つとの仮説から、老人保健施設の入居者に個別対応された福祉用具(車いす、テーブル)を導入して自立を支援することが、介護労働者の職業性ストレスや身体活動量に与える影響を評価することを目的とした。

2.調査・分析の方法

 2003年9月から12月にかけて、香川県A老人保健施設の一部入居者に対して、個別対応型車いすとパーソナルテーブルを導入して各自の身体状況に合わせた調整を行い、介護労働に及ぼす影響について調査した(1次調査:個別対応福祉用具導入前、2次:導入直後、3次:導入3ヶ月後)。  具代的には、
  1)NIOSH職業性ストレス調査表のうち労働負荷に関する7尺度について、原谷ら文2)の調査結果を標準値とみて比較し現状を捉えるとともに、これに準じた形で個別対応による入居者の自立度向上の効果や介護労働への影響に関する新たな3尺度による評価を行なう。
  2)歩行運動記録機(ライフコーダー:㈱スズケン)による歩数と運動量に加え、3軸方向の加速度計であるアクティグラフ(micro-mini ACTIGRAM-R : A.M.I co.,USA)により目視できないレベルの微細な動きである体動活動数を試験的に調査して介護労働の身体活動量の解析を試みる。
の2点である。

3.介護労働者の職業性ストレスと個別対応型車いす導入の際の意識

 量的労働負荷・労働負荷の変動・精神的要求については標準値に比較してストレス尺度得点が高く、仕事のコントロール・技能の低活用・社会的支援(上司)・社会的支援(同僚)については低い結果であった。
 介護職と看護職の比較では、技能の低活用で介護職においてストレスの高い傾向が見られたものの、これも標準値よりは低い値であった。(図1)
 “個別対応型車いすを導入した際の労働量負荷”は平均が2.9(5段階評定、中間値=3)で、仕事量全般に関する懸念はあまり持たれていない反面、“福祉用具に関する知識など、新たに習得する必要がある”の質問のみ4.2と突出した値であり、用具に対する新たな知識・技能の必要性は強く意識されていた。
 また、“個別対応型車いすの導入に際しての介護度向上への期待”は平均2.8と低めであり、“実際に個別対応型車いすの導入を体験しての労働量の増減”では、平均3.7で労働量が増えたという否定的な結果であった。(表1)

4.介護労働者の身体活動量

 歩数は6000~12000歩の間に分布しており、平均は9447歩で、特別養護老人ホームでの調査結果である、三浦ら文3)(10000~15000歩位に分散)や、涌井文4)(12927歩)の報告に比べて少ない値であった(表2)。また、歩数・運動量ともに時系列的な変化については明確な変化は見られなかった。
 図2に、1次~3次調査の各介護労働者の平均体動活動数の時系列的な変化を示す。各労働者ごとに多少のばらつきがあるものの全体的な傾向は見られず、平均値も227、227、230とほぼ横ばいの数値であった。
 また、業務内容別に体動活動数を見ると、基本介護+医療ではどの介護者も240回/分程度の活動量に集中するのに対し、事務処理や休憩では個人的なばらつきが見られ(130~250回/分)、体動活動数からの労働量解析の可能性が示された。

5.まとめ

 介護労働者の意識では、個別対応福祉用具の導入による労働負荷の増加に対しての懸念は多くはないものの、実際に導入を経験した結果として労働量が増えたと認識する傾向が見られた。 一方で、歩数・運動量・体動活動数を指標とした身体活動量においては顕著な差異は見られなかったことから、一般に懸念されることの多い個別対応の福祉用具導入による介護労働の身体的負担増加の可能性は少ないものと推察できる。
 また本研究では、導入を受けた入居者への影響も平行して調査したが、座位での体圧の改善や安定姿勢へ変化する傾向、抑制帯が外れた事例等が観察されており、個別対応の福祉用具が利用者を中心に見据えた環境改善に貢献できる可能性が確認できた。
 今回は、福祉用具の導入数に限りあったため、労働環境の変化も限りがあり、次段階としてはさらに導入数を増やしての実証的な検証が望まれる。


図1 NIOSH調査結果と標準値との比較


表1 個別対応福祉用具の導入に関しての設問と結果


表2:介護労働者の歩数と運動量の平均の推移
1次 2次 3次 平均
運動量 (kcal) 250.2 255.8 241.8 249.3
歩数 (歩) 9350 9673 9318 9447


〈参考文献〉


  1. Steve Holburn and Peter Vietze: Person-Centered Planning, Paul H Brookers Publishing Co., 2002
  2. 原谷隆史: JCQおよびNIOSH職業性ストレス調査票の心理測定学的特性,労働省平成8年度「作業関連疾患 の予防に関する研究」労働の場におけるストレス及びその健康影響に関する研究報告書,pp15~20,1997
  3. 三浦研,鈴木健二,他: 個室ユニット化に伴う看護及び介護職員の身体活動量の変化,日本建築学会学術講演梗概集 E-1,pp207~08,2001
  4. 涌井忠昭: 介護労働者の身体活動量,エネルギー消費量及び生態負担,産業衛生学雑誌45,pp178~179,2003