産業保健調査研究

主任研究者 香川労災病院 副院長 影山 浩
共同研究者 医療法人社団自生会 氏家内科医院 氏家 睦夫
立本 道子
香川医科大学 衛生・公衆衛生学 教授 實成 文彦
香川医科大学 衛生・公衆衛生学 講師 武田 則昭
香川医科大学 衛生・公衆衛生学 助手 真鍋 芳樹
須那 滋
合田 恵子
香川医科大学 衛生・公衆衛生学 直島 淳太
川田 久美
倉敷芸術科学大学 人間環境科学 教授 浅川 冨美雪

1.はじめに

 社会の多様化と高度情報化社会の中で、職場におけるストレス問題は注目され、その解決に向けて各種の保健医療活動や調査研究がなされている。

 なかでも、調査研究では、従来は、ストレッサーを中心にストレス関連事象をマイナス面から捉えて、その問題点や解消方法について検討するものが多かった。

 しかしながら、ストレス関連事象は、マイナス面から捉えるだけでは十分でなく、日常生活や人生観で大きな比重を占める生きがいといったプラス面からも捉えていく必要があると思われる。

 そこで、報告者らは、保健習慣や各種健診(血液検査等)結果およびストレッサーなどストレス関連事象をマイナス面から捉える従来型の調査項目(気分に関するSDSテスト、 自覚症状等)に、日常生活や人生観で大きな比重を占める生きがいといったプラス面を調査するためのPIL(The Purpose In Life)テスト(PIL研究会の開発)などを追加し、 ストレス関連事象については年齢階級別に性別の比較やストレス関連事象の相互の関連性、定期健康診査結果や自覚症状の状況については心の健康度(SDS、PIL,タイプA)別の比較検討をそれぞれ行った。

 以上の結果に併せて、メンタルヘルスケアの対象となった事例紹介も含め、職場におけるストレス問題とその効果的支援に関して検討した。

2.対象と方法

 平成7年度に某事業所の従業員661名全員を対象に、定期健康診査に併せて、各種の保健習慣、桂のストレスチェック(自覚症状等)、関谷のツング式変法による気分に関するSDSテスト、 PILテスト、タイプA行動パターンを包含した調査票(自己記入式)を配布・回収し、回答の得られた601名(男422名、女179名、回収率:90.9%)について分析・検討した (調査票のそれぞれの内容、各項目の点数化や評価法および基準値については示説予定)。

 また、体の調子(東邦大医学指数)や心の状態(SDS)の結果については、具体的に調査後6か月以内にメンタルヘルスケアを要した事例について検討した。

 統計的解析については、数量データの2群間の検定は平均値の差のt検定を行い、カテゴリーデータでは2群間でカイ自乗検定を行った。なお、健康診査の検査値の数量データの結果は、 それぞれ正常範囲内の群とそれ以外で群分けをし、心の健康状況の総合得点については、それぞれの調査における総合得点評価の基準に従って群分けをした。 SDSとPILの相互の関連性はそれぞれの総合点数について年齢階級・性別に単相関係数を求めた。

3.結果と考察

【SDS(自己評価抑うつ尺度)に関する年齢階級・性別の検討(表1)
総じてほぼ良好であったが、若い年齢層ほど抑うつ状況にある者の割合が高く、20-30歳代の男性に問題点を有する者が多かった。

【PIL(生きがい)に関する年齢階級・性別の検討(表2)
総じてほぼ良好であったが、若い年齢層ほど生きがいを感じて生活していない者の割合が高く、20-30歳代の男性に問題点を有する者が多かった。

【SDSとPILの関連性(表3)
総じては、有意の負の相関性(生きがいを感じて生活している人は抑うつ状態にない傾向にある)があったが、50歳以上の男性ではその傾向がなかった。

【健康診査結果と心の健康度の関連性(示説予定につき省略)】
総じては、SDS・PIL・タイプA総合得点のいずれについても、同一調査年度に行われた定期健康診査の異常値の有無との間に有意の関連性がある項目は少なかった。

【自覚症状と心の健康度との関連性(表4)
SDS・PIL・タイプA総合得点のいずれについても、自覚症状の総個数との間に有意の関連性があった。つまり、猛烈型の人はそうでない人に比較して、生きがいを感じて生活していない人はそうでない人に比較して、それぞれ自覚症状が多い傾向にあった。

【メンタルヘルスケアの対象となった事例(表5)
例数は少ないが、過敏性大腸炎や神経性胃炎などで療養を要した者にSDS等の総合得点で問題が確認され、個人のレベルについても応用可能であることを窺がわせた。とはいえ、問題のある者に心の調査が行えていない例もあり、調査にもれた者の心のケアについて今後の工夫が必要と思われる。

4.まとめ

 心の健康度(SDS、PIL、タイプA)や抑うつ状況と生きがいとの関連性は年齢階級・性別で違いがあり、その対策を考える際はそれらの点を考慮する必要があった。

 これら心の健康度は、同一調査年度の定期健康診査結果(異常値の有無)との関連性は明確でないが、自覚症状との関連性は強く、 これら心の健康度を事前に把握すれば、病気として現れる前に自覚症状の段階で心身の変化や以上を予測・予防する事が可能と考えた。

 以上のことから、職場において心身の健康管理やそのための効果的支援を行う際は、従来の一連の健康管理に生きがい等の観点を加えて推進することが大切と考えた。


表1:自己評価式抑うつ尺度(SDS)に関する年齢階級・性別の検討
  全体 20-29歳 30-39歳 40-49歳 50歳≦
有意 有意 有意 有意
・気分等
気分が沈みがちでゆううつである 2.03 1.89 2.27 1.96 ※※ 2.01 2.00   1.91 1.86   1.70 1.56  
ささいなことで泣きたくなる 1.18 1.50 1.24 1.66 ※※ 1.16 1.33   1.14 1.43 ※※ 1.11 1.17  
おちつかず、じっとしていられない 2.13 1.34 1.67 1.38 ※※ 1.64 1.50   1.56 1.29 ※※ 1.22 1.17  
ふだんよりイライラ感がある 1.78 1.69 1.89 1.86   1.87 1.72   1.71 1.52   1.41 1.28  
自分がいない方がいいと思う 1.32 1.30 1.51 1.33 1.26 1.39   1.23 1.27   1.15 1.17  
気分がふだんよりさっぱりしない 1.88 1.85 2.06 1.94   1.84 1.83   1.82 1.86   1.61 1.44  
・人生観
将来のことに希望がもてない 1.93 1.74 2.09 1.79 1.93 1.67   1.87 1.73   1.63 1.61  
自分が役に立つ人間だと思わない 1.66 1.64 1.91 1.82   1.64 1.61   1.51 1.46   1.39 1.28  
・生活状況
手馴れた仕事も簡単にできない 1.46 1.26 1.58 1.26 ※※ 1.53 1.28 1.39 1.27   1.24 1.17  
決断力がなく、迷うことがある 2.00 2.07 2.26 2.28   1.95 2.06   1.92 1.88   1.57 1.67  
毎日の生活に張りと充実感がない 1.95 1.83 2.26 1.94 1.84 0.76   1.78 1.73   1.70 1.50  
今の生活自体に満足していない 2.21 2.03 2.53 2.16 ※※ 2.25 2.20   2.06 1.93   1.65 1.67  
・身体化・不定愁訴等
夜、よく眠れない 1.62 1.49 1.72 1.46 1.61 1.56   1.55 1.50   1.55 1.56  
最近、体重減少がある 1.20 1.11 1.36 1.15 ※※ 1.16 1.06   1.13 1.11   1.09 1.00  
便秘がある 1.48 2.20 1.58 2.40 ※※ 1.53 2.17 1.36 1.91 ※※ 1.49 2.29 ※※
動悸がある 1.22 1.21 1.15 1.06 1.27 1.11   1.26 1.48 1.24 1.17  
理由もなく、疲労感がある 1.81 1.61 1.88 1.52 ※※ 1.86 1.67   1.83 1.71   1.47 1.67  
一日のうちで朝方に気分の悪さがある 1.71 1.55 2.00 1.59 ※※ 1.66 1.67   1.52 1.54   1.45 1.28  
食欲不振がある 1.37 1.33 1.42 1.33   1.38 1.39   1.34 1.30   1.34 1.33  
性欲がない 1.70 2.10 1.50 1.78 1.72 2.50 ※※ 1.81 2.43 ※※ 1.96 2.18  

注1:有意差判定  ※ p≦0.05、 ※※ p≦0.01(平均値)
注2:回答(点数) めったにない(1点)、ときに(2点)、しばしば(3点)、いつも(4点)


表2:生きがい(PIL)の質問事項と回答一覧および年連階級・性別の検討
質問項目/回答(点数) (1 2 3) (4) (5 6 7) 全体 20-29歳 30-39歳 40-49歳 50歳≦
有意 有意 有意 有意
ど  ち  ら  で  も  な  い ・日常生活感(観)
1.私はふだん 退屈しきっている 非常に元気一杯ではりきっている 4.53 4.71 3.91 4.36 4.58 4.72   4.86 4.96   5.32 5.50  
5.毎日が 全く変わりばえがしない いつも新鮮で変化に富んでいる 3.72 3.61 3.24 3.53   3.76 3.72   3.97 3.44 4.36 4.33  
12.私の生き方から言えば、世の中は どう生きたらいいのか全くわからない 非常にしっくりくる 4.38 4.36 3.99 4.31 4.51 3.89 4.42 4.35   5.19 5.17  
13.私は 無責任な人間である 責任のある人間である 4.87 5.08 4.31 4.89 ※※ 4.99 5.06   5.10 5.21   5.64 5.83  
18.私の人生は 全く私の及ばない外部の力で動かされている 自分の力で十分やっていける 4.77 4.54 4.47 4.55   4.70 4.72   4.81 4.16 5.64 5.56  
19.毎日の生活(仕事や勉強など)に私は 非常に苦痛を感じまた退屈している 大きな喜びを見出し、また満足している 4.35 4.40 3.82 5.32 ※※ 4.32 4.56   4.55 4.53   5.32 5.00  
・人生観
2.私にとって生きることは 全くつまらない いつも面白くてわくわくする 4.78 4.84 4.55 4.91 4.77 4.56   4.81 4.77   5.38 5.06  
6.もし出来ることなら 生まれてこない方がよかった この生き方を何度でも繰り返したい 4.76 4.79 4.45 4.78 4.78 4.72   4.85 4.82   5.34 4.89  
9.私の人生には 虚しさと絶望しかない わくわくするようなことが一杯ある 4.67 4.85 4.58 5.06 ※※ 4.64 4.56   4.62 4.65   5.15 4.89  
10.もし今日死ぬとしたら、私の人生は 全く価値のないものだったと思う 非常に価値ある人生だったと思う 4.21 4.40 3.81 4.28 4.22 3.94   4.33 4.42   5.06 5.33  
11.私の人生について考えてみると しばしば自分がなぜ生きているのかがわからなくなる 今ここにこうして生きている理由がいつもはっきりしてる 4.51 4.49 4.01 4.35   4.56 4.44   4.70 4.53   5.26 5.11  
14.どんな生き方を選ぶかということについて 遺伝や環境に完全に縛られ、全く選択の自由がないと思う 遺伝や環境の影響にもかかわらず全く自由な選択ができる 4.71 5.11 4.63 4.82   4.61 5.17   4.63 4.61   5.34 8.06  
17.私には人生の意義、目的、使命を見出す能力が ほとんどないと思う 十分にある 4.37 3.88 3.91 3.88   4.39 3.56 ※※ 4.52 3.82 ※※ 5.26 4.33  
20.私は人生に なんの使命も目的も見出せない はっきりとした使命と目的を見出している 4.42 4.61 3.94 4.49 ※※ 4.44 4.33   4.64 4.56   5.15 5.56  
・目標等
3.生きていくうえで私には なんの目標も計画もない 非常にはっきりした目標や計画がある 4.62 4.77 4.23 4.75 ※※ 4.55 4.56   4.82 4.77   5.21 5.06  
4.私という人間は 目的のない全く無意味な存在だ 目的をもった非常に意味のある存在だ 4.69 4.58 4.23 4.45   4.74 4.50   4.85 4.60   5.47 5.28  
7.定年退職後(老後)、私は 毎日をただ何となく過ごすだろう 前からやりたいと思ってきたことをしたい 4.92 4.75 4.31 4.71   5.06 4.22   5.09 4.88   5.96 5.11  
8.私は人生の目標の実現に向かって 全く何もやっていない 着々と進んできている 3.98 4.05 3.42 3.94 4.02 3.67   4.14 4.18    4.96 4.61  
・死生観
15.死に対して私は 心の準備がなく、恐ろしい 十分に心の準備が出来ており、こわくはない 3.63 3.01 3.51 2.76 ※※ 3.66 2.78 3.53 3.26   4.22 3.50   
16.私は自殺を 逃げ道として本気で考えたことがある 本気で考えたことはない 6.24 5.64 6.03 5.51 6.63 5.61   6.12 5.68   6.40 6.22  

注1:有意差判定  ※ p≦0.05、 ※※ p≦0.01(平均値)
注2:質問項目の前の数字(1~20)は調査票の質問順を示す。


表3:SDSとPILの総合評価点数の相関
-年齢階級・性別-
全 体
全 体 n=588r=-0.36 ※※ n=412r=-0.33 ※※ n=176r=-0.55 ※※
20~29歳 n=220r=-0.57 ※※ n=135r=-0.54 ※※ n=85r=-0.59 ※※
30~39歳 n=105r=-0.42 ※※ n=87r=-0.42 ※※ n=18r=-0.43
40~49歳 n=195r=-0.48 ※※ n=140r=-0.48 ※※ n=55r=-0.49 ※※
50歳以上 n=62r=-0.19 n=45r=-0.23 n=17r=-0.60 ※

注1:n…標本数、r=相関係数を示す。
注2:有意差判定 ※※ p≦0.01、※ 0.01<p≦0.05
注3:60歳以上は2名。
注4:6名は年齢不詳のため、年連階級別の相関係数には含めず。


表4:自覚症状と心の健康度との関連性
自覚症状個数
5個以上 6個以上 有意差
タイプA合計点数
16点以上 218(48.3) 233(51.7) ※※
17点以上 44(35.2) 81(64.8)
PIL判定区分
72(35.1) 133(64.9) ※※※
166(49.3) 171(50.7)
22(32.9) 13(37.1)
SDS合計点数
40点未満 242(54.4) 203(45.6) ※※※
40点以上 18(14.4) 107(85.6)

有意差判定:※※※ p≦0.001、 ※※ 0.001<p≦0.01人数(%、不明除く)


表5:メンタルヘルスケアの対象となった事例
事例 年齢 職種 職務階級 身体の調子 心の状態 病名
27 技術 一般職 19点 48点 過敏性大腸炎
29 技術 一般職 25点 51点 神経性胃炎
43 製造 一般職 5点 40点 神経症
45 営業 中間管理職 未回答 未回答 職場不適応
54 営業 管理職 未回答 未回答 強迫神経症