産業保健調査研究

主任研究者 四国電力㈱中央管理センター 所長 櫻井 浩
共同研究者 香川医科大学 衛生・公衆衛生学 教授 實成 文彦
香川医科大学 衛生・公衆衛生学 講師 武田 則昭
真鍋 芳樹
香川医科大学 衛生・公衆衛生学 助手 須那 滋
合田 恵子
香川医科大学 衛生・公衆衛生学 小倉 永子
川田 久美

1.はじめに

 日本人の食・生活習慣の欧米化や労働人口の高齢化に伴い、職場における肥満問題は大きな問題となっており、 そのための予防対策や健康教育が各種展開されている。 それらの対策や健康教育は、肥満者の生活習慣や各種健康診査結果における問題点の改善を目指すものがほとんどで、 肥満者がもつ悩みや肥満解消に向けての取り組みやそれらの問題点を取り上げたものは比較的少ない。

 そこで、報告者らは香川県の某事業所における経年的な肥満状況の推移と肥満者のライフスタイルや健康づくりの現状などについて分析・検討し、 肥満を中心とした職場における成人病対策のあり方等について考察したので報告する。

2.対象と方法

 香川県に本社を置く某事業所従業員で、平成2年度から平成6年度にかけて連続して健康診断を受診した男性従業員2661名を対象にした。 この中から平成2年度時点で30歳代、40歳代、50歳代の集団を対象に、肥満度の推移を集計・解析した。
 なお、肥満者のライフスタイルや健康づくりについては、本社の男性従業員の内、平成6年度において肥満度110以上のいわゆる太り気味以上の従業員443名を対象に 質問票を用いて生活状況を調査し、集計・解析を行った。肥満度は箕輪が提唱した標準体重表を基に、以下の換算式で求めた体重を標準体重とし、 実測体重との差を標準体重で除算し肥満度を求めた。

・箕輪の標準体重(換算式)男性標準体重(㎏)
      =36.06×身長(m)2-57.13×身長(m)+53.33


 なお、肥満者率の経年的変化は肥満度120以上のものを肥満者として算出した。
 統計的解析は、男性の肥満度の経年的変化については、年齢階層別に年度別肥満度をANOVA分析した。 男性肥満者のライフスタイルや健康づくりの各項目については、年齢や肥満度別にクロス集計し、カイ自乗検定を行った。

なお、集計・解析はDAISY(Data Analysis on Interactive Systems、大阪大学大型計算機センター所蔵)、JMP(SASinstitute Inc.)、MicrosoftExcel(Microsoft Corp.)、 秀吉(社会情報サービス社)の各アプリケーションソフトを用いて行った。

3.結果と考察

A.職場における肥満の実態 -男性従業員の年度別年齢階級別肥満度の推移-

 昭和59年度は16.5%(従業員の6.3人に1人の割合)で平成2年度までは漸増していた肥満者率が、以後急増し、平成6年度は23.2%(4.3人に1人の割合)が肥満者となっていた。

 年度別年齢階級別人員構成割合については、年度の推移とともに、30歳代の割合が若干多くなっていいたが、統計的に有意の差はなく、肥満度の上昇は年齢構成割合の変動に起因するものではないことが示唆された。

 各年度において30歳代、40歳代、50歳代であった集団を対象に肥満度の推移を観察した結果、30歳代の集団に年度の推移を伴う肥満度の増加が認められ、平成2年度には23.9%(4.3人に1人)だった肥満者率が平成6年度には34.52%(2.98人に1人)にまで上昇していた。 一方、40歳代、50歳代には肥満度の有意の増加は認められなかったものの、両集団とも約28%(3.6人に1人)が肥満者であった。

 次に平成2年度に30歳代、40歳代、50歳代であった集団を対象に肥満度の推移を観察した。
 その結果、30歳代については平成2年度23.06%(4.3人に1人)だった肥満者率が平成6年度には29.16%(3.4人に1人)にまで上昇し、40歳代で平成2年度24.35%(4.1人に1人)だった肥満者率が平成6年度には31.39%(3.2人に1人)にまで上昇していた。

 これらのことから、30歳代、40歳代、50歳代の肥満者の増加が事業所全体の肥満者率の変動要因として考えられ、その中でも30歳代、40歳代、特に30歳代の肥満者の増加が大きいことが判明した。

B.肥満者のライフスタイルと健康づくりの現状

 年齢階級別では、30歳代204名(46.0%)、40歳代137名(30.9%)、50歳代102名(23.0%)であった。  肥満度別に3階級に区分すると、110以上120未満237名(53.5%)、120以上130未満150名(33.9%)、130以上56名(12.6%)であった。

【食・生活状況の現状】

 食生活を中心とした日常生活では、夕食時間が一定しているのは、全体で約40%程度であり、年齢階級の若い者ほど夕食時間の一定性が無い状況であった。

 また、食べる速さは年齢階級別では差が認められなかったが、肥満度別では肥満度が増すに従って「速い」と回答していた。

 されに、怒ったりイライラしたりしたときの食べ方の変化では、肥満度が増すにつれて、「増える」と回答した者が増加していた。 食事の種類に関して、年齢が高くなるに従って和風を好み、洋風は好まなくなり、肥満度別では肥満度が高くなるに従って洋風を好むようになっていた。
 さらに、飲酒状況は、年齢が若いほど飲酒頻度は低く、40歳代、50歳代では半数以上の約60%が毎日飲酒をしていた。

 喫煙状況は年齢階級別、肥満度別ともに差はなく約3割で、日本人男性の平均喫煙率(約59%)よりもかなり低い値であった。
 また嗜好品では、「コーヒーまたは紅茶」「清涼飲料水」について年齢が低い人ほど摂取頻度が高くなっていた。

 運動状況では、「定期的に身体を動かしていますか」については、年齢が高くなるに従って「はい」と回答する者が多い状況であった。
 また、「階段とエレベータがあるときどちらを使いますか」については、年齢が高くなるに従って「階段」と回答する者が多い状況であった。
 さらに、肥満度が高くなるに従って定期的な運動をせず、またエレベータを利用している傾向が認められた。
 1日の生活時間に関して、起床時刻は年齢階級別では年齢が高くなるに従って早くなり、肥満度が高くなるに従って早く起床していた。
 帰宅時刻は年齢階級別では年齢が高くなるに従って早く帰宅していた。
 就寝時刻は年齢階級別では年齢が高くなるに従って早くなり、肥満度が高くなるに従って早く就寝していた。

【肥満に至る経緯や背景等】

 父母に肥満者がいるのは全体では約33%が、年齢別では年齢が若いほど多く、30歳代では約46%が「はい」と回答していた。
 また、兄弟姉妹に肥満者がいるのは全体で約21%であった。
 さらに、肉親や家族に肥満者が「いない」としたのは約半数であり、結局約半数は家族や肉親に肥満者がいることになる。
 このことから、肥満の遺伝的要素や家族集積性が示唆され、肥満対策は肉親・家族など家庭ぐるみでの対策が必要であると思われた。 子供の頃から太りだしたと答えたものは約4%と少数ではあったが、肥満度130以上では約14%が子供の頃から太りだしており、子供の頃からの肥満予防対策の重要性が示唆された。 太りだしたきっかけでは、年齢の若い者ほど、また、肥満度の低い者ほど「結婚」を挙げていた。
 また、年齢階級や肥満度に関わらず、約25%の者が「運動をやめた」「酒の量が増えた」「食べる量が増えた」ことを挙げていた。
 これらのことから、日常生活習慣の変化が肥満の要因の1つであることが示唆された。

【肥満の捉え方等】

 自分の肥満の捉え方に関して、年齢が若いほど肥満度を過大に捉え、また、肥満度が低いほど肥満度を過大に捉える傾向がみられた。
 反対に、肥満度が高いほど肥満を過小に捉える傾向がみられた。
 また、自分の標準体重を知っていると答えた者は約87%で、保健指導等の効果も考えられるが、反対に約11%は標準体重を知らず、特に30歳代の者の約15%が知らないと回答していた。
 さらに、定期的に体重を測っている者は年齢が若いほど少なく、30歳代では約45%が定期的な体重測定を行っていいなかった。 全体でも、約38%は定期的体重測定をしておらず、単純な体重測定という行動すらできていない現状であった。
 1年前と比べて体重が増えたとする者は、全体で約37%あり、肥満度130以上では約39%が太ったと回答していた。 しかし、約13%(59名)は「やせた」と回答していた。

【肥満解決に関する考え方】

 約90%の者が体重を減らしたいと考え、自らが肥満あるいは肥満に近い状態であることを認識していた。
 しかしながら、少数ではあるが、約8%の者が体重を減らしたいとは考えておらず、特に肥満度110以上120未満では約」11%が「いいえ」と回答していた。
 やせたい理由では、「何らかの病気があるから」「成人病予防のため」は、年齢が上がるほど「はい」と回答する者が多く、また、肥満度が高い者ほど「はい」と回答する者が多くなっていた。
 一方「太めが嫌」「スタイルをよくしたい」は年齢が若いほど「はい」と回答する者が多く、また、肥満度が低い者ほど「はい」と回答する者が多くなっていた。

【肥満者への支援状況】

 やせようと努力したとき家族の協力を得られると回答した者は約75%であった。
 また、肥満度が高いほど家族からやせた方がいいといわれ、肥満度130以上は約90%が家族からやせた方がいいといわれていた。

4.まとめ

 健康診査のデータに基づいて肥満の実態を把握すると、当該事業所の肥満率の上昇は30、40、50歳代の肥満度の上昇に起因し、 その中でも30歳代の肥満度の変動が最も大きいことが判明した。
 食・生活状況の現状、肥満に至った経緯、肥満の現状と捉え方、肥満の解決動機、肥満者への支援等について年齢階級別および肥満度別で実態が異なっており、 画一的な肥満予防対策では十分ではないことが判明した。
 いずれにしても、肥満を自らが意識し行動を変容するためには、肥満の実態と問題を本人が自分自身の課題と意識することから進展していく。 それを支えるためには、本人の肥満に対する意識や捉え方をはじめとして、食事や運動、生活の規則制等の肥満関連問題を顕在化することが重要である。
 その顕在化された問題を通じて、その背景になっている生活の全体を見直すことによって、より確かな取り組みへと発展していくと期待される。