産業保健調査研究

主任研究者 香川産業保健推進センター 相談員 藤井 智恵子
共同研究者 香川医科大学 人間環境医学講座  衛生・公衆衛生学 實成 文彦
武田 則昭
須那 滋
合田 恵子
平尾 智広
香川医科大学 看護学科 真鍋 芳樹

1.はじめに

 近年、高齢化の進展に伴い、脳・心臓疾患につながる所見を有する働く人が増加している。また、名年実施される定期健康診断結果をみると、働く人の3人に1人は何らかの所見がある。されに、産業の構造の変化や技術革新の進展により、働き方にも変化が生じ、その結果、仕事や生活にストレスや悩みを抱く人が増えている。また、「過労死」が社会問題化するなど、働く人の健康の確保を困難にする状況が認められている。
 このため、労働省では、全ての働く人が職業生活の全ステージを健康で安心して働けるよう、働く人の健康を確保するための施策を盛り込んだ「労働安全衛生法の一部を改正する法律案」を国会に上程し1996年6月11日に成立、同年6月19日に公布され、10月1日から施行されている。改正の主な点は、職場における労働者の健康管理の充実と、労働衛生管理体制の充実である。その中で特に、産業医の専門性と産業医の勧告が明確化された。また、保健指導の項目で保健婦(士)(産業看護職)の位置づけが初めて明確化された。
 さて、香川県における産業看護職の歴史(保健婦の雇用)は、1944年に始まり、現在、香川県事業所保健婦看護婦研修会に籍を置く産業看護職は52事業所82名である。50年の間に産業看護職は10数名から82名に増加してきた。しかし、それは香川県内50人以上の事業所の6%でしかない。
 このような現状から産業保健は法的には整備されたが、罰則を伴わない内容は今後産業界で本当に整備されていくのであろうかという疑問が生じた。
 そこで、産業医・衛生管理者・産業看護職の産業保健活動を分析し、現状を明確化するために、香川県における産業保健の現状をアンケート調査し、香川県の産業保健の活性化を考えるために、本研究を実施した。

2.調査の概要

  1. 調査対象:香川県内の従業員数50人以上の事業所
  2. 調査機関:1997年1月23日~1月31日
  3. アンケート用紙を843事業所の衛生担当者宛に郵送し、283事業所より回答が得られた。
  4. (回収率 33.6%)

3.調査結果

1. 健康管理を担当するスタッフの雇用状況

 産業医を選任しなければならない事業所のうち、11.7%が選任していなかった。  法的に選任を義務づけれられていない事業所のうち、15.6%が選任していなかった。  法的に選任を義務づけられていない健康づくりスタッフを雇用していない事業所は86.3%であった。  産業看護職を雇用していない事業所は、86.2%であった。

2. 健康診断結果について

 産業医と産業看護職を雇用している事業所は、全体に比べて産業保健活動が活発であった。  健診結果について、医師の意見・措置も聴かず、保健指導もせずに通知している事業所がある事業所があった。このことから、健康診断の目的が事業主に十分理解されていないのではないかと思われる。

3. 産業看護職のいる事業所について

 事業所が産業看護職に期待する業務と、産業看護職が本来担当したい業務は一致していた。

4. 産業看護職のいない事業所について

 産業看護職のいない事業所のうち、「社外の機関の看護職を利用している」3割「利用していないが、利用しようと考えている」1割を合わせて4割である。産業看護職の利用が拡大しないのは産業看護職の存在が十分認識されていないからではないかと考えられる。このことは、産業看護職の採用のない理由のうち「必要を感じていない」が5割であったことからも伺える。

4.考察

 今回のアンケート調査の結果、8割の事業所において産業医を選任していたが、職務を十分遂行しているとはいえない状況であった。今回の調査は、法改正直後であることから、産業医の専門性の確保についても検討中であったと考えられる。法改正により産業医の専門性が明確化された。そこで、事業主が産業医の職務の遂行を求めるには、労働衛生管理体制の充実が必要となってくる。しかし、その要となる衛生管理者の6割が兼務で、業務多忙という現実であった。衛生管理者が十分機能できないのであれば産業保健を担う看護職の雇用を提案したい。ところが、現実には産業看護職の存在は十分認知されていない。たとえば、産業看護職を雇用していない事業所の産業保健活動は不活発であるにもかかわらず、産業看護職の必要性を感じていなかった。また、産業看護職の職務を理解していないのは、産業看護職を雇用している事業所についてもいえることであった。つまり、看護職の資格を持っていればどの資格でもいいという考え方であろう。しかし、産業保健活動を行うには、看護の知識の他に労働衛の知識を必要とする。現在の看護教育は、産業看護については不十分である。
 ここで、日本産業衛生学会の産業看護部会の、産業看護職継続教育システムを紹介すると、このカリキュラムを構築するにあたっては、教育の基本ライン保健婦(士)教育修了者としている。このシステムを受講できるのは、保健婦(士)もしくは国家試験に合格した看護婦(士)で、衛生管理者の有資格者または産業保健指導者研究会の修了者となっている。
 ところで、一般に産業看護職は熱心すぎるあまり空回りしているとか、企業という組織の活用が下手であるといわれている。そのためには、産業看護職が十分機能するよう企業内研修に優先的に参加させ、組織人として教育すれば企業は労働衛生対策に十分取り組むことができると考えられる。そうすることで、産業医や衛生管理者も活性化できるようになるだろう。しかし、産業看護職の研修会賛歌状況をみると、社内研修会は業務に間接的な研修が多いためか、もしくは、事業所のなかでは特別な職種のため参加対象とならないから参加率が低いのか。また、社外研修会は業務に直接的な研修外多いのにも関わらず、一人職場が多いために、参加しにくい現状があるのか。つまり、産業看護職の研修・研究の状況をみると、産業看護職が産業保健活動を展開していく上での知識・技術の習得は、まだまだ不十分であるといえる。労働安全衛生法の一部が改正され、労働者の健康管理体制が整ったにも関われず、産業界はいまだに衛生は二の次であるように思われる。産業医・衛生管理者そして産業看護職が自らの業務を熟知し、実践できる手法を身につけていくことで、香川の産業保健は発展していくのではないかと思う。
 労働福祉事業団は、労働者が健康で働ける職場環境を創造するために、また余裕を持った健康づくりを提案するために1994年香川県に開設した香川産業保健推進センターはもとより、実地相談や産業医・産業看護職の能力向上研修などの支援が今まで以上にますます望まれるところである。
 現代は、日本経済が行き詰っているといわれている。例えば、われわれに身近な医療においては、医療保険制度の財政破綻を先送りする目的で、平成9年9月1日から、健康保険法が改正される。定期健康診断の結果、働く人の3人に1人が何らかの所見がある状況では、患者負担額を引き上げ、政府管掌健康保険の保険料をひきあげても、働く人が次々と病に倒れていったのでは、焼け石に水ではないだろうか。それよりは、働く人の健康を確保するために、事業主と働く人が一丸となって健康づくりに取り組むことが最も有効な手段ではないかと考える。労働省が1988年に提唱したトータルヘルスプランにそって、健康づくりに取り組むためにも、産業看護職を大いに活用したいものである。働く人が病に倒れたときの企業の損失を考えれば、産業看護職の賃金など安いものではないだろうか。もちろん、われわれ産業看護職も、スペシャリストとして自己研鑽に励まなければいけないと思っている。本研究を一読くださった事業所から新たな産業看護職雇用や増員というお話が伺えれば幸いである。
 最後に、本研究をまとめるにあたり、アンケート調査にご協力くださった事業所の方々、また、ご指導くださった皆様に深謝いたします。